どぜう屋助七
「どぜう屋助七」
2冊の本を図書館から借りてしまっているのだが、後書きとか2、3頁しか読んでおらず、放ったまま、いつの間にか2週間目の3月2日になってしまう。2月が年度末決算である我が自治会、早く決算情報が知りたい、予算を作りたいと会長や監査人からせっつかれて時間が取れなかった、というのはまあ言い訳なのだが、あと2日でどちらかは読んでしまいたい。果たしてというか今朝から読み出した「どぜう屋助七」(商いの屋号を四文字にするのは忌み嫌われたとか言うらしい)が約半日で半分ほど読み進めた。速読の訓練の所為か、いや会話が多いし邪魔がいないからだ。まあ以前の3倍位にはなったからあとは自分の努力次第だとこのほど「速読の学校」を自主退学した。10000字/分が誰にでも出来るという触れ込みなのだが今のところ3000字付近でウロウロしている。

話を戻そう。多くの人に読まれたらしいヨレヨレの「播磨灘物語」は今の大河の官兵衛を描いているのだが、故あって初めての大河を観るにあたっての学習のつもりだから慌てなくても良いだろう。「どぜう」は昨年12月20日第一刷の初版本で借りたい人もいるだろうとこちらを先にした。そして「播磨」の方は時期が時期だが予約がなさそうだから明日延長をお願いしよう。
これが矢張りというか思いの外というか面白い。話は今でも7代目で繁昌している「駒形どぜう」三代目助七からの時代、黒船騒動前後の江戸の風情がどぜう屋を中心に描かれている。知らなかった当時の暮らしぶりがなかなか面白い。安政の大地震(1855年)の大火で一度は店を失うが、店で働く全員で再起を図り店を盛り上げて行くというところまでやって来た。手代から店を継いだ二代目は初代の夫人に嫌われ妻共々いじめ抜かれたとか幕府で飼っていた鶴の餌として高く買われて店に仕入れるドジョウが逼迫した話や三社祭の神輿を奪い合う町内会とヤクザの争いや火消し「と組」との関わり、大火の際に土蔵内の財産を守るため練った土で目張りをするのだが、これが間に合わなかったりすると味噌を使ったりするそうだ。それに江戸では火事に備えて土蔵の脇には何時でも程よく湿らせた土を準備して筵を掛けていたという。火消しの若衆が毎日水を足しては足で捏ねていたらしい。今では店の消費を賄える量が日本では調達出来ず台湾とか東南アジアからの輸入品とか。
まあ、現存する「駒形どぜう」のPR誌みたいなものだが、昨年の暮れにTBS「大沢悠里のゆうゆうワイド」で紹介されたのに惹かれ、図書館に来るのを待っていたのだ。子供の頃は家でもどじょう汁や卵綴じにした柳川を作っていたし、同じ団塊の従兄弟が隅田川を挟んで東駒形に居たものだから妙に親近感がある。余談だがあそこの「どぜうなべ」は型が大きすぎて気持ち悪い。尤も旨い酒も選んで出しているらしいから一度は覗いてみたい。
丁度半分を過ぎた辺りだから明日の半日で済ませて期限には返せそうだ。

